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| ::上巻(2) :: |
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| 【竹沢いつわりて遊興の場面】 |
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| 東八ヶ国の内義興へ志を通ずる者あまた出来ければ龍の水を得る心地して時を得てぞおはします。 |
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| 此事誰ともなくひそかに鎌倉の管領足利左馬頭基氏(くわんりょうあしかがさまのかみもとうじ)に執事畠山道誓伝聞ていねてもさめても心安からず、其ありかをたづねて大勢をさしつかはせば行衛しれず、五百騎三百騎の勢にて夜討にすれば圍をつゐやして、事ともせず。ちぢに変じ百にかわりて、殆人力の及所にあらず。 |
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| 入道昼夜思慮をめぐらし或夜竊(ひそか)に竹沢右京亮(うきょうのすけ)を呼よせて、わとのは先年武蔵野の合戦に義興に属して忠あり、其よしみある事なればいつはりて討事たなこころ内に有り。しからば恩賞はのぞみにまかすべしと、語りければ不義無道の匪(ひ)人にてとかくの事にも及ず、さあらば御内の制法をそむき本国へにげ下り兵衛佐殿の疑なき様にして取より申べしとて、我宿所へ帰り、ここかしこの傾城(けいせい)数十人めしあつめ昼夜酒宴遊興し或は傍輩余多(ほうばいあまた)まねきよせ十余日博奕してあそびたわぶる。 |
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| 或人此よしを告ければ畠山聞ていつはりいかりて竹沢が所帯を没収して追出しけり。 |
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| 【義興公、少将の局と対面される場面】 |
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| 竹沢本国へかゑり、ひそかに人をもって兵衛佐殿へ申けるは、父にて候入道元弘鎌倉の御合戦にも随分忠をぬきんでそれがしも又先年武蔵野御合戦に忠戦いたし候。 |
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其後は御あかりをもしり奉らず身のおき所なきままに心ならず畠山にしよくして命を助かり候けるが、させる科もなきに一所懸命の領地を没収し、剰うつべきのよしにて候間基氏武蔵野の御陣を出はしり候近年それがしの不義を御免あらば幕下御奉公の身となり御大事には御命にかはのくいにすべしと、こまやかにぞ申入ける。 され共兵衛佐殿ふかく疑給いてたいめんもし給はず、心をゆるされざりければ、京都へひそかに人をつかはし、ある宮の御所より少将殿と申上掾iじょうろう)女房の年二八ばかりに容顔類なく心さまゆうにやさしきを申下しおのれが養君にし奉り佐殿へぞ出しける。 |
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義興偕老の思ひふかく同穴の契り浅からず漸心とけて、竹沢にま見へ給ふ。右京亮悦て鞍置たる馬三疋おどしたてたる鎧(よろい)三領めしかへにとて、まいらする。越後より御供の人々にも一献(こん)すすめ馬物の具小袖太刀かたなを引ければ、佐殿も御内の人々も竹沢に過たる御家人あるべからずと悦あひけり。 かくのごどく半年ばかりも宮づかへのいたはりをつみしかば、今は御心もおき給はずいかなる密事をもしらせ給ふ。 |
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| 【義興公暗殺計画を暗示する少将の手紙をよまれる場面】 |
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| 【竹沢、少将を暗殺する場面】 |
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9月十三夜月いとくまなく晴わたりたる夕つかた竹沢まいりて申けるは、今宵は名にあふ月にて候へば我館へ御入候て草深き蓮生の宿の月をも御覧ぜられ候へかし御内の人々をも御慰申さんため白拍子どもめしよせて候と申して、我館の傍 かたわらには窮境(きゅうきょう)の一族若党三百余人かくしおく。
佐殿すでにうち出んとし給ひける所へ、少将の御つぼねのもとより御せうそこあり。過し夜御ことのうへにあしきさまなる夢を見侍る夢うらなふ人に問せて候へばおもき御つつしみなり七日の内には門外へ御出有べからずとぞ申されける。 |
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| 佐殿執事井弾正をめして、如何と問い給えば、凶事を聞てつつしまざる事候べき今夜の御遊をばやめらるべしとぞ。俄に風の心地ありとて、竹沢をかへされけり。右京やすからず思召て、いかさま是は少将のつぼね我くわだてを内々すいして告られたりとおぼへたりこの女性をいけて置てはかなふまじとて、明る夜ひそかにつぼねをかどへ呼び出しさしころし、堀の中へぞしづめける。 |
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